STORY
熱中ニッポンvol.8
糸島ブームの裏にある問題とは?
古民家学生寮プロジェクト
芸能、アート、農業、ファッション、音楽、ITなど、さまざまなグラウンドで活躍する熱きリーダーを取材する「熱中ニッポン」。vol.8は、福岡県糸島市で古民家学生寮プロジェクトを手掛ける 九州熱風法人よかごつ代表 大堂 良太(おおどう りょうた)さんにインタビュー。
東京で商社マンだった大堂さんは、2017年春、家族とともに糸島に移住。築146年の古民家をリノベーションし、学生寮として再生することで糸島の地域活性化を促進する取組みを始めています。「移住したい街No.1」として注目を集める糸島。移住ブームの裏側で起きている問題と、学生寮プロジェクトが果たす役割について大堂さんに話を聞きました。
移住ブームに沸く糸島。その魅力とは?
− 福岡県糸島市は「移住したい街」として最近ブームですね。その人気の理由はどこにありますか?
大堂:糸島は福岡市から西へ車で30分ほど行ったところにあり、海や山に囲まれた自然豊かなエリアです。福岡市からの近さに加え、福岡−東京間はLCCを含む各航空会社の便がありますので、東京と福岡を行き来しながら田舎暮らしができるという意味で関東圏からの移住者も増えています。
ここ数年で移住ブームで注目されている糸島ですが、1990年代から海岸で野外フェス「Sunset Live」が開催されていて、海や音楽、アートが好きな人たちが集う場所としてはずっと以前から人気の場所だったのです。夫婦岩のある二見ヶ浦は、「日本の渚100選」「日本の夕日100選」にも選ばれる観光スポットです。海岸沿いには玄海灘の美しい海を眺めながらくつろげるカフェも多く、週末になると近隣のエリアからドライブ客でにぎわっています。
二見ヶ浦の夫婦岩は糸島でも人気のスポット
また、糸島でとれる新鮮な野菜や鮮魚を販売し日本一の売り上げを誇る産直市場「伊都菜彩(いとさいさい)」をはじめ、糸島には産直市場が多いです。そんな糸島の食の豊かさも、糸島の観光と移住を促進している理由でもありますね。
− 糸島は「田舎暮らし」のスローな空気感だけでなく、おしゃれなエリアとしても若者に人気ですね。
大堂:海岸沿いにある「糸島ロンドンバスカフェ」や「ヤシの木ブランコ」など、思わずInstagramに投稿したくなるようなフォトジェニックでおしゃれなスポットが、若者を中心に糸島人気を加速させました。それに加えて、アートという切り口でも糸島は注目を集めています。糸島に移住して活躍しているデザイナーやアーティストは多いですが、さらに発展的な形として地域全体をアートの切り口で盛り上げるために「糸島国際芸術祭」も開催されています。
糸島にはInstagramに投稿したくなるスポットも多い
糸島ブームの裏にある住宅問題
− 観光、移住の両面で成功事例とも言える糸島。そんな糸島で、なぜ今、学生寮が必要なのでしょうか。
大堂:九州大学(以下、九大)が移転してくるからです。九大は、福岡市東区にある箱崎キャンパスから糸島に隣接する伊都キャンパスへ大規模な移転を進行中で、2018年には完全移転になります。2018年秋には、約1.6万人の九大生が伊都キャンパスにやってくるのですが、九大生の約7割が一人暮らしと言われているので、約1.1万人の住戸が糸島市や福岡市西区周辺に必要になるわけです。ところが、キャンパス近隣の賃貸ワンルームタイプの住戸は約7,000戸程度。学生の他、職員や講師など関係者の分も考えると、かなりの数の住戸が不足していて、家賃も高騰気味。学生の生活費をかなり圧迫することになってしまいます。
建設が進む九州大学伊都キャンパス
一方、糸島市では高齢化が進んでいて、空き家が増えつつあります。空き家の一部は、カフェや移住者向け住居などに活用されていますが、まだまだ空き家のまま残っています。それで、九大移転による住戸不足対策として空き家を学生の住まいとして活用したい、と考えたのです。空き家の多くは普通の住居ですから、リフォームするにしても住居のまま活用するのがもっともシンプルな再活用だと思います。
実は私自身が九大出身で、学生時代は寮で暮らしていました。その寮は現在なくなってしまいましたが、その寮で仲間と寝食を共にし、夢を語ったり、悩みを相談したり、寮でしか得られない貴重な経験をしました。それで、いつかは自分も学生寮で若者育成をやりたいと、想いを温めていました。今回、九大移転の住戸不足を知り、また、糸島に無味乾燥なワンルームマンションが乱立していくのを見て、「これではいかん!」と空き家を活用した学生寮の夢を実現することにしたのです。
地域住民と移住者の交流を増やしたい
− これまでは田舎暮らしのための移住の地であった糸島が、九大移転で雰囲気が変わりますね。
大堂:はい、これまでの糸島への移住者は、アートや田舎暮らしを好む社会人を中心にじわじわと増加してきたわけですが、2018年の九大移転に向けて一気に若い人口が増えることになります。これを機に、糸島生まれの地域住民と新しい住民たちの交流を増やしたいですね。
なぜかと言うと、実は移住者と元々の地域住民の交流はさほど多くないのです。おしゃれカフェが増え、糸島が人気になるのはいいことですが、週末は渋滞が起こるなどして、地域住民としては必ずしもうれしいことばかりではありません。また、地域住民がそれらを頻繁に利用したり、生活がうるおっているわけでもありません。そんな現状を知り、地域住民と移住者の間にもっと交流を増やすにはどうしたらよいか?と考えるようになりました。
もともと、糸島は自然豊かな場所。糸島ブームが来る前からずっと、地元の農家さんや漁師の方達は誇りをもって「よかろう?」「うまかろう?」と思ってここで暮らして来たわけです。そんな地域住民の方たちと話をしていると、糸島の昔ながらの暮らしの温かさに改めて気づかされることが多いのです。しかしながら、よくよく話を聞いてみると、地域の祭りの運営や草むしりなどの担い手が減少していて、そうした昔ながらの糸島の暮らしを継続していくことが難しくなってきている現状もわかりました。
九州大学伊都キャンパスへ向かう道はのどかな田園風景が広がる
地域の人手不足を補うといっても、糸島から福岡市に通勤している移住者が手伝うには時間的に厳しいものがあります。ですが、学生であれば若さと元気がありますし、比較的時間にも余裕があります。学生と農家や地元事業者をマッチングすれば、学生にとっては住まいの周辺でアルバイト先を確保することもできます。
それに何より、農業体験や、地域の高齢者・子どもとの交流は学生にとって大きな気づきが得られます。私自身、学生時代を過ごした寮で、地域交流に取り組んでいました。その交流の中で、相手に喜んでもらえること、誰かの役に立つことが、自信となっていきました。若い頃は誰しも自信がないものですが、社会で自分の存在を認めてもらえることの安心感は次のチャレンジを生み出します。
このような経緯から「1.地元の人手不足問題」「2.九大移転による住戸不足問題」「3.空き家問題」「4.若者の育成」の4つを一度に解決する方法として、空き家を学生寮に再生するプロジェクトを始めました。
築146年の古民家を学生寮に再生する
− 学生寮に再生する空き家はどうやって探しましたか。
大堂:今回の物件に出逢うまで30物件くらい見て回りましたが、糸島の空き家を調べていくうちに、大き過ぎてなかなか借り手が見つからない物件があることに気がつきました。昔の住居は大家族で住む前提で作られています。柱や梁は立派でまだまだ使えるのですが、間取りが多すぎて現代の3~4人家族で住むには大きすぎるのです。そうした住居のうち、九大に通いやすい立地にあった築146年の古民家を、学生寮の第1号にすることにしました。家のオーナーと地元区長に「地域にひらかれた」九大生の寮として活用することを説明し、許認可手続きを後押ししてもらうことができました。
築146年の古民家は敷地面積1000㎡を超える広さ
地域行政区の中村区長(右)とも議論を交わす
今回の物件では、間取りが多いこと、広いキッチンや庭があることはそのまま活用して、老朽化が進んでいた床や水回りを学生が使いやすい仕様にリノベーションします。改装費としてかかる一時的費用は「九州熱風法人よかごつ」で負担し、オーナーにはその分家賃を少し低めに設定してもらいました。オーナーは初期費用をかけずに、空き家を貸し出すことができます。学生募集や寮のメンテナンス、コミュニティづくりなどの運営はすべて「よかごつ」で担います。学生は相場より安い家賃で入居することができます。
箪笥階段や二階の高欄など古民家ならではの魅力が随所に残っている
時計など元住民が使っていたものはなるべく活用する
この古民家学生寮第1号は2017年9月にオープンする予定ですが、既に多くの学生が説明会に集まってくれています。学生にとっては家賃の安さも魅力ですが、古民家での共同生活そのものに関心が高いようです。オーナーにとっては、思い出のある大事な家を取り壊すことなく、若い人に活用してもらいながら家賃収入も得られます。学生が地域住民の人手不足解消を補えば、オーナー、学生、地域住民のみんなにメリットが生まれるのです。
立ちはだかる「市街化調整区域」の壁
− 空き家を再活用することでどんなことが課題になりましたか?
大堂:空き家を再活用するには、難しい問題がいろいろあります。その1つが「市街化調整区域(以下調整区域)」の問題です。調整区域とは読んで字のごとく、市街化を抑制するべく定義された区域です。この区域で新築・増築及び用途変更することは、原則認められていません。もともと、高度成長期の無計画な開発を制限するための法律でしたが、この規制により空き家や古民家の用途変更による再活用が進まないだけでなく、地域コミュニティの維持に支障が出ています。調整区域は日本国土の約10%を占めています。無計画な開発は阻止しなければなりませんが、住宅の再活用という視点では足かせとなる規制と言っても過言ではありません。
そんな中、昨年12月に国土交通省が地方行政に対し、空き家や古民家の活用を促すための通達を出したのです。ただ、地方行政の現場では、弾力的な運用がなかなか進みにくいところもあります。今回の古民家も調整区域の範囲にありましたので、福岡県と糸島市の理解を得るために何度も役所に足を運び、用途変更の弾力的運用を認めてもらうことができました。福岡県内では第一号の事例になります。これが良いモデルケースとなり、調整区域における古民家活用に弾みがつくといいなと思います。
調整区域の古民家は用途変更の弾力的運用した福岡県第1号となった
「地域にひらかれた学生寮」がもたらす価値とは
− 最近流行のシェアハウスではなく、なぜ今「学生寮」なんでしょうか?
大堂:昔の学生寮の魅力は、家賃の安さ、通いやすさが最大のメリットでした。学生同士で熱い議論をするなど、寮の中でのコミュニケーションはありましたが、あくまで寮の中だけでクローズしていました。今回の学生寮は、「地域にひらかれた学生寮」として、交流を大事にしたいと思っています。
大学時代は社会に出る直前の教育の場です。社会にはいろんな世代、そしていろんなタイプの人たちがいます。インターンで「企業」は体験することができますが、社会の在り方や、社会に潜む課題までリアルに感じることはできません。これから社会に出る学生たちは、企業だけでなく「地域」と「社会」との関わりもリアルに体感しておいた方がいい。そこから得る気づきは、大学の座学中心の教育課程ではなかなか学べないものです。ですから、糸島の古民家学生寮は「地域」と「社会」の体験の場として学生に提供したいのです。昔からの寮が学生寮1.0だとすると、今回の糸島の寮は学生寮2.0。時代の変化に合わせ、学生寮のスタイルも変化する必要があります。
− 学生側はどのようなニーズがあるのでしょうか?
大堂:九大実施の生活行動に関するアンケートで、移転によりキャンパスが都心部から離れたため、家と大学を往復するだけの学生が以前より増えた、という結果が出ています。せっかくの大学生活なのに、通学時間に縛られてしまってはもったいないですよね。大学の近くに暮らせれば時間を有効に使えます。でも、もしワンルームマンションだと一人でぼんやり過ごしてしまうこともあると思いますが、寮であれば寮生同士がお互い刺激になりますし、周囲の住民とも交流することもできます。
寮の共同生活においては、住人同士の摩擦や衝突は避けては通れません。気の合う友達同士、シェアハウスで暮らすのも悪くないですが、卒業して社会に出ると気の合う人とばかり仕事したり、つき合ったりすることはあり得ません。学生の自律性を重視して、ルールや責任も背負った上でお互いがやりたいことを実現する。そのプロセスで生じる衝突や課題から逃げずに、自分たち自身で解決する。そんな課題解決力を身につけたい学生に今回の学生寮に入ってもらえたら、と思っています。
商社マンから寮ビジネスへ。問われる経営手腕
− 東京の商社マンだった大堂さんが脱サラして糸島に来ることに、葛藤や迷い、不安はなかったのでしょうか。
大堂:商社を辞めて糸島に移住することに、迷いはありませんでした。結婚して約1年で商社を辞め、子どもが生まれるタイミングで糸島に移住しましたので、家族には多くの心配をかけたとは思います。しかし、最終的には妻が「後悔するより、好きなことをやった方がいい。好きなことはきっとうまくいく。」と背中を押してくれました。
商社マン時代から若者育成をテーマにプレゼンしてきた
学生寮のビジネスモデルは、社会人2、3年目から頭の中にイメージがありました。九大移転は母校に恩返しもでき、寮ビジネスをスタートさせる絶好のチャンスでした。また、大学時代の寮友たちが佐賀や阿蘇など九州にUターンして起業していたことも、私が九州に戻って起業する決意を早めてくれました。
33歳で約10年勤めた商社を辞め、1年ほど東京のNPO法人で寮運営を学び、移住の準備を進めました。もともと、40 歳には独立する目標持っていましたので少し予定が早まっただけ、という感覚です。
学生寮を起業家育成のベースキャンプにする
− 古民家学生寮で今後取り組みたい計画はありますか?
大堂:学生寮では起業家を招いた勉強会や、地元企業との交流イベントを積極的に行います。起業したい学生や、進路を考える学生にできるだけ多くのヒントを得てほしいのです。寮を出た卒業生が一旦東京で就職したとしても、その後結婚や育児などのタイミングでUターンし、糸島で働きやすくするための取組みも進めようと考えています。
また、古民家学生寮ではAIやIoTなど、最新のテクノロジーも積極的に活用しようと思っています。もともと、学生寮の運営は家賃、共益費などの収益管理から食材や消耗品の補充など、人の手間がかかることが多いです。寮運営に必要な雑用やコストをITの活用で軽減し、人間は交流イベントの運営などに注力したいと考えています。寮の学生にも参加してもらい、古民家をITや最新テクノロジー活用のラボのように使ってもらいたいですね。そして、ビジネスアイデアで社会課題を解決する起業家を輩出するベースキャンプにしたい、と思っています。
古民家学生寮で使う家具も学生がITを活用してプランニングする
糸島で古民家の学生寮が1つ増えることは、単なる点にすぎません。今後5年以内に10~30名規模の寮を5~10軒まで増やし、拠点間のネットワークを作ろうと考えています。また、九大の大学生の9人に1人が留学生。その留学生や英語を話したい日本人学生をガイドとして活用し、訪日インバウンドの観光客向けに体験ツアーも計画中です。
地域にひらかれた学生寮を起点として、社会に出てイキイキと活躍できる若者があふれる社会をつくりたい。それが、「九州熱風法人よかごつ」のミッションです。9月1日の古民家学生寮のオープンは最初の一歩。これから糸島、福岡、九州全体を「地域活性×教育」でどんどん盛り上げていきたいです。
取材後記
7月のある日曜日、糸島の真っ青な空の下、田んぼに囲まれた今回の古民家を訪れました。太い柱、広い居間のある堂々とした造りは、まるで田舎のおばあちゃんの家のような包容力で来る人を迎え入れてくれます。
この夏、古民家では9月1日オープンに向けてリフォームが進んでいますが、リフォームには多くの九大生が参加しています。棟梁との打ち合わせ、古い家財道具の運び出し、寮の名前を決めるのも全て学生達という徹底ぶり。自分たちの学生寮は自分たちの手でつくる、という貴重な体験を通じて、「地域にひらかれた学生寮」は既に学びの場としてスタートしています。この学生寮が糸島でどんな期待を担っていくのか、今後の展開がとても楽しみです。
(取材日:2017年7月2日)
プロフィール
大堂 良太 Odo Ryota1982年熊本県生まれ
九州大学理学部、同総合理工学府大学院卒業
グロービス経営大学院経営学修士(MBA)修了
新卒で丸紅に入社。約10年間の勤務を経て教育系NPO法人NEWVERYに転身、同社が運営する教育寮「チェルシーハウス国分寺」のマネージャーを務める。2017年4月、地域活性化×教育を軸に活動する自身の会社「九州熱風法人よかごつ」を設立し福岡県糸島市に移住。地域交流型の古民家学生寮は2017年9月1日OPEN予定。
Information
九州熱風法人よかごつ公式Webサイト(学生寮サイト)
http://yoka-gotsu.co.jp/
九州熱風法人よかごつFacebookページ
https://www.facebook.com/yokagotsu/
九州熱風法人よかごつ公式twitter
https://twitter.com/yoka_gotsu_llc
糸島古民家再生プロジェクトFacebook
https://www.facebook.com/groups/1806357053018668/
糸島古民家再生プロジェクトtwitter
https://twitter.com/ito_kannrinin
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この記事は2017年07月13日の情報です。 文:Yuko Tsuruoka
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