芸能、アート、農業、ファッション、音楽、ITなど、さまざまなグラウンドで活躍する熱きリーダーを取材する「熱中ニッポン」。最終回となる今回は、株式会社パソナ ソーシャルイノベーション部 加藤 遼(かとう りょう)さんにインタビュー。
行政、企業、NPOと連携し数多くの地方創生事業に携わり、訪日インバウンドで東北を活性化するVISIT東北の中心メンバーでもある加藤さん。最近では、Airbnb(エアビーアンドビー)と連携した民泊事業をスタートするなど、シェアリングエコノミーの分野でも活躍されています。これからの訪日インバウンドが目指す世界はどのようなものか、地方創生で実現したいのはどのような未来か、DiGJAPAN!プロデューサー鶴岡との対談で話をうかがいました。
訪日インバウンドを事業化したきっかけ
鶴岡 優子(以下、鶴岡):私、訪日インバウンドを事業としてやっている人には、インバウンドのビジネス始めたきっかけを聞くようにしているんです。国際交流が好きだったり、外国人に興味があるだけなら、通訳案内士をやったりAirbnbのホストをやったり、個人でも訪日インバウンドはできますよね。でも、ビジネスで訪日インバウンド事業をやるとなると、訪日外国人観光客数はまだまだ2400万人台という市場規模ですし、高い専門性も必要で、結構大変なビジネスだと思うんです。
それで、事業化した方に理由を聞いてみると、強い思いを持って始められている方が結構多いことに気がついて…。加藤さんがパソナで訪日インバウンド事業を始めたのはいつごろ、どんなきっかけでしたか?
DiGJAPAN!プロデューサー鶴岡(左) 株式会社パソナ加藤遼さん(右)
加藤 遼(以下、加藤):2015年、VISIT東北を立ち上げたのがきっかけです。VISIT東北は、東北地方のインバウンド観光開発とプロモーション事業をメインに行う会社で、私が事務局を務めるパソナの「東北未来戦略ファンド」から誕生しました。東日本大震災時に石巻市でボランティア活動をしてきたパソナグループの齊藤良太がVISIT東北の代表をしていまして、私も取締役としてかかわっています。
齊藤は震災後、東北に雇用を生み出したいと強い思いを持っていて、どんな産業がよいかいろいろ考えた結果、東北の未来を考えると観光がよいのではないか、と私と意見が合いまして、VISIT東北を一緒に立ち上げました。
鶴岡:VISIT東北ではどんなインバウンド事業をしていますか?
加藤:東北の魅力を世界に情報発信する「TOHOKU365.com」というメディアと、韓国人向け宿泊予約サイト「TOHOKURO」を運営しています。また、DMOの設立支援もしていて、宮城県南4市9町と協定を結び、インバウンド客を誘致するための「一般社団法人宮城インバウンドDMO」を設立しました。
加藤:そうですね。パソナの東北復興支援事業の企画・立ち上げを任されていました。震災後、東北に何度も通い、地元自治体やNPOと連携して、被災企業の経営者や被災者の方々と話をしました。その中で見えてきたのは、被災企業の経営者が、震災で従業員が減少し人手不足で事業が再開出来なくて困っている、被災者は震災で住居や家庭の事情が変わり、働きたいけど働けなくて困っている、いわゆる雇用のミスマッチが起こっているということでした。
そこで東北復興支援タスクフォースを立ち上げ、社員が被災地に常駐して、被災企業と被災者の雇用マッチング事業を企画し進めた結果、約3000名の方の就労支援に繋がりました。そして、就労支援事業を実施する中で、東北の未来を切り拓く新しい産業創造の必要性を感じ、東北未来戦略ファンドを立ち上げ、東北の起業家育成に取り組みました。パソナ東北創生(釜石市)、VISIT東北(仙台市)、イーハトーブ東北(一関市)の3社を立ち上げ、私も各社の事業戦略役員や事業開発プロデューサーとして関わりながら、東北の農業・観光産業振興や地域活性化に取り組んでいます。
鶴岡:震災後ですね。震災前、私は昭文社の企業ビジョンとコミュニケーションをデザインする仕事をしていました。旅は人生の中で幸せの記憶となるすごく大事な体験で、昭文社はその「幸せの記憶」をひとつでも多く作るお手伝いをする企業になろう、とビジョンを定めました。そのコーポレートビジョンを世の中に発表しようとした矢先に震災が起き、観光やプロモーションどころではなくなりまして。東北の復興支援地図を緊急出版する手伝いをしながら、自分が携わっている観光という仕事がいかに安心と平和の日常があってこそ成立するビジネスなのか、ということを痛感しました。
その後、少し落ち着いて来た頃に東北の風評被害をなんとかしたい、観光で日本の経済を元気にしたいと考えるようになったのですが、調べてみると日本の魅力が海外で全然知られていないことに愕然としました。それで、2012年秋からFacebookを使って日本の情報を海外に発信し始めました。最初は台湾、その後はタイ、韓国、シンガポール、インドネシアと世界各国に広げていきました。
加藤:出版社なのにガイドブックじゃなくてFacebookだったの?
鶴岡:はい、出版物は国によって流通システムが複雑ですが、Facebookはコストが低いですし、国や特定の地域や人に直接話しかけられますから。もともとPRの仕事をしていましたので、始めた当時はインバウンドの事業というより「日本の広報、日本のPRをもっとしなきゃ」と思って仕事をしていました。
その後、東京五輪が決定し、2014年にインバウンドメディア「DiGJAPAN!(ディグジャパン)」とサービス名で事業化しました。最近でこそ訪日インバウンドの情報発信も活発になってきましたが、主要各国別のSNSで日本の観光情報を発信しているのは、観光庁、東京都とDiGJAPANぐらいだと思います。海外への情報発信をはじめてからもうすぐ5年ですが、「世界に向けて、日本の広報をしたい」という強い気持ちは今でもかわらないですね。
行政はマーケティングパートナー。想いのある人と組みたい
鶴岡:パソナというと最近、行政と連携したビジネスのイメージが強いですね。
加藤:パソナが行政と連携した雇用創造や産業振興に関する事業をするようになったのは、割と最近のことです。私がパソナに入社して3年位経った時、ちょうどリーマンショックの後ですが、パソナで行政と連携した雇用創造事業を立ち上げようということになりスタートしました。当時の事業企画メンバーは私ひとり。行政と連携した雇用創造事業といっても社内で経験者が少なかったのもあり、霞が関の厚労省、経産省をはじめ首都圏の自治体を根気よくまわり、とにかく困っていることはないか、ひたすら聴いてまわりました。
鶴岡:行政の仕事を受けるのは、手続き的にも文化的にも民間と違う難しさがあります。経験の少なかったパソナにとっては難しかったのでは?
加藤:一般的にはそうなのかもしれないけど、私は運がよかったのか、割と大きな仕事を次々と受託させてもらえました。役所の方によくお話を聴くと、いろいろな問題を抱えていることが多いのです。最初は足立区の環境政策について調べる仕事だったり、中小企業と学生をマッチングさせる事業だったり、それまでのパソナの人材派遣の仕事にこだわらず、役所が困っていることはなんでも手伝う、そんなスタンスで始めましたね。私にとって行政の人たちは、マーケティングパートナーのような存在です。
鶴岡:マーケティングパートナーというのは共感できますね。私は昭文社で地域の強みを発見するため、フィールドワークやワークショップの仕事をしています。よく「外国人目線」「よそ者の意見」が大事と言われますが、「住民目線」「身内の意見」もすごく大事。「外国人目線」「よそ者の意見」をきっかけに、地域住民の方が地元の魅力に気づき、自分でセールスポイントを決めることがすごく重要だと思います。役所や地元の方とのセッションは我々にとっても気づきが多く、マーケティングの原点のような仕事です。こうしたプロジェクトを行う上では役所と民間企業、大学はパートナーであり、チームメンバーですよね。「これは役所の仕事」と思った時点で、型にはまってしまう気がします。
地域おもてなしホストを1万人作る意図とは?
鶴岡:パソナの「地域おもてなしホスト」が始まりましたが、どんな取組みなのですか?
加藤:私たちはAirbnbと業務提携して、「地域おもてなしホスト」を1万人作る取組みを発表しました。「地域おもてなしホスト」の仕事はいろいろあって、観光案内ガイド、ホームシェアリング、車やスペースのシェア、民泊のサポートなど多様な仕事なのですけど、共通した考え方は地域を訪れてくれる人をおもてなしする「共助の精神」なんです。まずは、この「地域おもてなしホスト」の考え方を世の中に広めたいので、今はイベントやセミナーをやったり、自治体とプロジェクトを企画したりしています。
鶴岡:「地域おもてなしホスト」を始めた例はもうありますか?
加藤:今年のお盆の時期に開催される、徳島の阿波踊りに向けて動き出しています。パソナでは「イベント民泊実施業務」を始めていまして、徳島の阿波踊りのように、宿泊施設不足のためせっかく訪問してくれた旅行者が泊まらずに帰ってしまう問題を解決したい、と考えています。そのために、徳島の地域住民の方に、阿波踊りで訪れる旅行者をおもてなしするために自宅を提供してくれませんか?というお話をさせていただいています。
実は、阿波踊りのときに足りないのは宿泊施設だけではなくて、阿波踊りの方達が着替えるスペースや、打ち上げする場所、車や駐車場も足りないのです。そうした足りないスペースやモノをシェアしてくださる方を探しています。また、スペースやモノのシェアだけでなくて、交流をシェアしてくれる方も探しています。せっかく徳島に来てくれた方に、地元のこと、祭りのことを語ってくれて、街を案内してくれることがすごく重要です。
日本の祭りをサステナブルに変えていく
鶴岡:日本の祭りやイベントでは、宿泊施設が足りないこと多いですよね。花火大会なども一時的に人が来るけど、宿泊し周辺観光する人は限定的です。
加藤:まさに、そうなのです。宿泊施設やスペースが足りない問題は日本各地の観光の現場で起きています。でも、足りないのはそれだけじゃないのです。実は、日本の祭りやイベントなどは収益性に課題があることも多く、継続するのが難しい祭りは多いのです。日本で数百年の歴史がある伝統の祭りがなくなってしまうなんて、ちょっと考えられないじゃないですか。だから今、そこに対して何らかの解決策を提案していかないといけないってことをすごく考えています。
ひとつの解決策としては、イベント民泊などの取組みを地域住民の方中心で進めてもらって、その収益を祭りの運営資金に回してもらうというのがあります。ゲストの方をおもてなししたいという気持ちがまずあって、その気持ちの延長として宿泊の費用としてお金をいただいて、そのお金で祭りが運営されるという循環を作りたいのです。徳島の阿波踊りでまず成功事例を作って、サステナブルな祭り運営のノウハウを日本各地やグローバルに展開したいです。
祭りは「神・人・環境」の関係性を再認識するイベント
鶴岡:ソーシャルビジネスという視点で、加藤さんが気になっている最近の事例はありますか?
加藤:先日、バリのグリーンツーリズムで世界的に有名なウブドに行って来ました。ウブドの棚田に水を分配するために、スバックという組合のような仕組みがあって、そのスバックの人達を政府が支援するというソーシャルイノベーティブな取り組みを見て感動しました。スバックの人達は、「神様と人」「人と人」「人と環境」というの3つの関係性を保っていくことが自分達の幸せにつながると考えています。ウブドの祭りは、神様と人のつながりを再認識したり、人と人が交流したり、環境を大切にするために神様に祈るイベントです。
この考え方は、実は昔から日本にもある考え方で、「神様と人」「人と人」「人と環境」関係性を祭りと場で再認識してきたと思います。日本人が祭りを通してそういうことを思い出せると、自分の生き方とか、地域との関わり方とかに対しての深い気づきがあるはずで、それが祭りのとても面白いところだと思っています。
鶴岡:祭りの経営を立て直し、収益性をあげればいいだけじゃないと?
加藤:そう。大事なのは、地域住民と旅行者の両方が祭りの本来の意味を思い出すような体験をデザインすること、と考えています。
訪日インバウンドは「人に会いに行く旅」へ
鶴岡:先月、民泊新法(住宅宿泊事業法)が可決されましたね。
加藤:大きくイノベーションが起こると思っています。これまでは観光地周辺に集中している宿泊施設が、住宅宿泊事業法が施行されると住宅地に住宅宿泊事業という形で宿泊施設が作れるようになります。これによって、観光を消費するスタイルだった旅が、地域の暮らしを体験するスタイルに変化すると思います。1泊で観光を消費するだけだった旅が、数日地域に滞在して暮らすように体験する旅になることで、その土地の文化を深く理解することになりますよね。そのためにも、地域の人との交流を目的にした「人に会いに行く旅」をする人が増えると考えています。
鶴岡:なるほど、「人に会いに行く旅」ですか。その土地の方に直接話をうかがって、はじめて心で理解できる文化って多いですよね。伊勢の精神文化もまさにそうだと思いますが、ガイドブックに文章で書いてあったとしても、地元の方の話を直接聞くことで、頭ではなく心の奥に響いてくるものがあります。
私は旅を「個人外交」だと位置づけていて、人と人が出会って話して理解して、そういう個人外交の積み重ねが世界を平和に変えていくと信じて、観光と訪日インバウンドの仕事をしています。人はお互いわかり合いたい、わかってほしいと思っているから、旅行者は旅先の異文化を知るとうれしいですし、現地の方も自分の土地の文化を旅人にわかってもらえたときすごくうれしいですよね。そういう出会いが訪日インバウンドをきっかけに増やせればいいな、と思っています。
日本人と日本人、日本人と世界の人が交流するってすばらしいことだと思います。特に「深く」交流すること。例えば、何かを一緒に体験するとか、ひとつ屋根の下に一緒に泊まるとか。お互いの文化を交換するのはとても素敵なことだし、それが続くと文化資本が増えていきますよね。そんな風に人と人をつなげるということに対して、訪日インバウンドはすごく大きなチャンスです。人と人の交流活動が仕事と雇用を生み、経済が回って行く。それはとてもダイナミックでやりがいのある仕事だと思っています。
鶴岡:インバウンドはこれからが本番って感じですね。少し先、例えば2020年の後、加藤さんがやりたいことのイメージってありますか?
加藤:日本中や世界中を旅するように働きたいと思います。そして、旅をしながら、人と人を繋ぎながら、様々なソーシャルイノベーションプロジェクトを起こしていきたいと思っています。あと、音楽やアートが好きなので、ミュージシャンやアーティストと一緒にプロジェクトを沢山やっていきたいですね。
鶴岡:すてきですね。私は観光というジャンルだけでなく、もっと幅広い分野で日本を元気にする事業や人をPRして、国内と海外、地方と東京、人と人を繋ぐ仕事をしていきたいですね。また、ご一緒にお仕事できたらいいですね。
今日はどうもありがとうございました。
対談後記
「爆買い」に代表される訪日インバウンドを取り巻くバブルっぽい空気感は、最近少しずつ薄れてきています。訪日インバウンドでビジネスする当事者として、訪日インバウンドの仕事の本質は何か、目指す世界はどこなのか。訪日ブームに踊らされず、成し遂げたいことを成すために、原点に立ち返ることはとても大事なことだと思います。
2020年東京オリンピック・パラリンピックを前に、地方創生や訪日インバウンドの重要性が叫ばれる時代。人口減少や地方活性化が私たち世代の共通課題だとすると、会社や業種の壁を越えて同じ世代のリーダー同士が繋がることで、同時多発的な問題解決ができるのではと思います。芸能、アート、農業、ファッション、音楽、ITなどさまざまな分野のリーダーにインタビューしてきた「熱中ニッポン」シリーズはこれが最終回となります。今後もこれまでご紹介してきた熱きリーダー達の活躍に、ぜひ注目していただければうれしいです。(文=鶴岡 優子)
取材日:2017年7月5日
撮影協力:ゲストハウス toco. https://backpackersjapan.co.jp/toco/
プロフィール
加藤 遼 Ryo Katoパソナ ソーシャルイノベーション部 副部長
パソナグループ 政策投資委員会 シニアマネージャー
VISIT東北 取締役事業戦略本部長
1983年岐阜県生まれ
法政大学社会学部メディア社会学科卒業
パソナにて企業の人材採用・育成支援、行政・企業・NPOと連携した若者雇用、東北復興、地方創生をテーマとした事業企画・立上などを経て、現在は旅×シェアリングエコノミーをテーマとした新規事業開発を通じ個人自立社会における新しい働き方の創造に取り組む。また、コーポレートベンチャーファンドを兼務。地域活性化に取り組む起業家発掘・育成・インキュベーションを担当し3社の投資先の事業開発・戦略担当役員やプロデューサーを務める。
Information
パソナ×Airbnbの業務連携によるシェアリングエコノミー活用http://www.pasonagroup.co.jp/news/index112.html?itemid=2157
徳島阿波おどりイベント民泊について
http://www.pasonagroup.co.jp/news/index112.html?itemid=2163
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この記事は2017年07月20日の情報です。 文:Yuko Tsuruoka
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